先日発売された「新装版 レイアウトに使える 水草500種図鑑」。
著者である高城さんをお招きして、本について、または水草についてお話ししていただきました。
新装版 レイアウトに使える 水草500種図鑑 |
2019年に発行された「レイアウトに使える水草 500種図鑑」の装いも新たにした改訂版。本ブログの文章中では前書といえば2019年版、本書といえば2020年版を指す。B5サイズ。 |
著者略歴 |
高城邦之 Kuniyuki Takagi |
1972年生まれ。市ヶ谷フィッシュセンターに勤務。ワイルド物から改良品種にいたるまで、興味の範囲は幅広く、水草の種類を問うことはない。国内外のフィールドにも訪れ、水草と湿生植物の観察、研究を行なっている。水草関連の蔵書は多数。本誌では水草の解説の他、撮影も担当。月刊アクアライフ、年刊アクアプランツなどの専門誌に水草関連の記事を多数寄稿。著書には「AQUA COLLECTION Vol.3 Water Plants (White Crane)」(タイでのみ出版)、「水草カタログ」(観賞魚ミニブックシリーズ3 水作)、「かんたんきれい はじめての水草」(共著、エムピージェー)がある。 |
担当がたまたま水草売り場だった
まずは高城さんと水草のお付き合いを簡単に振り返っていただければ。どんな方が本を作ったのか、興味のある読者は多いと思います。
高城:私は根っからのアクアリストではないんですね。ショップの方は、趣味が高じてこの職業に就いたパターンが多いと思うのですが、私は就職した会社のたまたま配属された先がアクアリウムショップで、担当したものの一つが水草だったという経緯です。
何かきっかけがあって水草が好きになったのですか? 私が高城さんに初めてお会いした20年ほど前には、すでに“わかっているオーラ”が漂っていましたが。
高城:これはある種の劣等感に関ることなんですけれど、お客さんはもちろん、業界の先輩方、つまり幼少期から水槽を嗜む由緒正しき趣味人ですよね。そういう方たちと私は全然違うんですよね。見ていると“根っから”というのがわかる。
意外な話です。
高城:自分にはそういう方々のような立派な来歴がない。この世界にいる限りにおいて、それはどこかしら私自身の劣等感に繋がっていきます。その克服のために、「もっと詳しく、もっと上手に」と思っていたのが、外に少しあふれていたのかもしれません。
今もその劣等感はありますか?
高城:ありますよ。先輩方の話を聞いていると自分は違うとよく思います。
具体的に「違う」と感じるのは、どういうところなのでしょうか。
高城:うーん……元が違うという感じですかね。私の出身地は北海道なんですが育ったのは小都市の典型的な新興住宅地。ニュータウンというやつです。北海道というと道外の方々は大自然をイメージされるようですけど、意外とそうでもない。
たしかに、北海道=大自然とイメージしがちです。
高城:ですから水辺で水草に触れあって育ったという記憶もありません。夏でも水が冷たいこともあって、水遊びの習慣というものがあまりないんです。だから、ほんとに根っからではないんですよ。
そういう方が本を作るまでになるのだから面白いものです。職業柄詳しくなった、それとは別に、本を作るにはある種の熱量が必要であると思います。つまり、今はとても水草が好きなように思えるのですが、その点はいかがでしょうか。
高城:好きですね。よくわからないけれど、水草からも好かれていると思います。たぶん相性がいいんですね。
「水草からも好かれている」というのは興味深い言葉です。具体的にはどんな状態ですか?
高城:うまく説明できないのですが、根っからではない部分を埋めようとした結果のアプローチの仕方でしょうか。本当にたまになんですが、水草から好かれているとしか思えないリターンがある。そういう時は、一所懸命水草に向き合っている時です。適当にやっているときや、やる気がないときは、なにも起こりません。
リターンというのは、水槽の水草がすくすく育っているなど、育成に関することでしょうか。
高城:もっと全体的なイメージです。思いがけない水草が自分のところにやってきたり、知りたかったことがわかったり。基本的には、生活の中でいつもどこかしらで水草のことは意識しているんです。それに反応が来るという感じです。
その水草の長所を伝えたい
今は「水草から好かれている」と思えるほどになった高城さんですが、本書を作るにあたって、コンセプトや気をつけたことがあれば教えてください。
高城:私には嫌いな水草がないんです。「あれってショボいよね」みたいなものがない。どんな種類でも好き。ただ、どうしてかわからないんですけど、有茎草が好きと思われている。そんなことはなくて、有茎草が好きなのと同じくらい、ロゼットでも浮草でも何でも好きです。ひとつひとつそれぞれに特徴があって魅力的。その良いところをこの本では伝えたいというのが、全体を通しての基本的なスタンスとなっています。
それは希有である気がします。マニアであれば、けっこう偏っていくことが普通ですから
高城:そうなんです。たまにマニアと勘違いされることがあるんですが、先ほど述べたように、根っからの趣味人ではありません。だけど、好きなのは間違いない。だからこそ偏らないで伝えることができるのかもしれません。
では、良いところを伝える上で、こういう書き方をした、あるいはしなかったという点はありますか。
高城:いくつかありますが、一番気を付けたのが長所を書くということです。その水草の優れた点、美しい点、育成や植栽によってそれを引き出す方法を伝えることを大前提としました。「ある種類のここよりもこの点は優れている」という書き方を避けるように心掛けたのも、例にされたほうの特徴が短所になってしまうからです。
担当として、それは感じていました。しかし、別の種を引き合いに出す方が解説も楽に書けるのではないですか。
高城:たしかに楽ですし簡単です。でもそうしたら、図鑑を書く意味もない。すべての水草に魅力があり、それを伝えるのが私の役割なので。なるべく同じ表現にならないように、図鑑ではあるけれど、通して読んでも飽きないように工夫はしました。
そこは高城さんらしい配慮と思ったところでもあります。では、種の選定については、どんなところに気を配りましたか? 前書のあとがきでは「制作に手をつけてみたら意外と流通種が少なかった!」などと書かれていましたが。
高城:本のタイトルにある通りレイアウト寄りです。ただ、実際にレイアウトに使われている種類は、この本の掲載種ほど多くありません。この点については、「もっと色々な種類を使った方がおもしろいですよ」という提案も込めて選定しました。流通種が減っているというのも、実際に使われなくなっていることが一端です。これって意外と単純に水草の種類を知らないことが原因なのかもしれないとも思って。
流通種が減った理由は思い当たりますか。
高城:レイアウトに色々な水草を使ってこなかった、こちら側(プロ)の責任もあるのかもしれませんね。ともあれ、自分の好きなものを気楽に使えばいいのになあとは思います。そのための材料になるものはこの本で提示したつもりです。
専門用語や学名の取り扱い
他に制作の上で気を配ったところはありますか。
高城:学名と専門用語の取り扱い、育成に関する記述についてです。
それぞれ具体的にお聞かせいただければ。
高城:学名はできる限り最新のものになるようにしてあります。研究の進展に伴って学名が変更されることは珍しいことではありません。ただ新しいからと言ってそれがよいわけではない。新しすぎて認知されていないものは避け、できる範囲ですが、世界的に広く認められているものを採用するようにしました。
広範な資料集めが必要ですね。学術的な部分も、趣味の分野についても知っていなくてはならない。
高城:調べものは単に楽しいだけなので。いつも何かしらは調べています。
それはうらやましいです。では、専門用語についてはどうでしょうか。
高城:専門用語はあまり多用しても取っつきにくくなる。かと言って正確に伝えるには、どうしてもその言葉を使わざるを得ない。噛み砕けるものはそうしてありますが、やりすぎると冗漫になってしまう。文字数を使って他に伝えるべきことが失われてしまうのはもったいない。バランスを取りながらやったつもりです。
たしかに、植物の用語をあまり知らないアクアリストも多いでしょうし、たとえば「披針形」などと書いても、ピンとこない方もいるかもしれません。
高城:用語集の充実は今後の課題だと思っています。
育成についてはどうでしょうか。特に前書の時にはLED(光量)の表記にだいぶ苦心されていたように思いますが。
高城:世の中の水草用の照明が蛍光灯からLEDにシフトしましたから、改めて光量についての基準を提示してみたのですが、大変なわりには反応が薄かったですね。
蛍光灯が主流の時は「60cm水槽で20W形蛍光灯00本」などというわかりやすい書き方もできましたが、LEDではそうもいきません。
基本から応用の流れを大切に
育成について、他に本書なりの特徴があれば。
高城:わかりました。育成に関する記述は、そのグループの基本となる種類でしておいて、他はそれに準じるという形をとりました。
流れで読めるわけですね。
高城:そのこともあって、基本となる種類以外から読み始めると育成に関しては拾うところが少ないと感じるかもしれません。
ただ、あまり同じような記述が続いてもつまらない図鑑になってしまいます。
高城:それは意図的でもあって。自分ならではのアクアリウムにおける流通や海外の情報、歴史的な背景など、多様なアプローチでその水草の魅力を語る方に比重を置きました。その点、版元のエムピージェーにはわりと自由にやらせてもらえてもらえたので、ありがたかったです。
もちろん打ち合わせはありましたが、執筆をお願いした時点で、高城さんならではの原稿も期待していました。
高城:他に育成だけではなく、基本となる種類の解説を押さえたうえで、そのバリエーションを続けるという形にしたかった。実際に書いたのもそういう順番になっています。
本書ではそこにこだわりを感じました。前書から種類の並び方もだいぶ変わりました。
高城: デザイナーさんにはだいぶお手間をとらせたかもしれません。ともあれ、ノーマルのバルテリーあってのバタフライだしダイヤモンドだろうと。
その方が読者にとってもわかりやすいはずです。
高城:基本は大事ですよ。アヌビアスの場合でも、基準となるノーマルがあっての、黄変品種であるイエローの特異さがある。それを知っていると価値が全然違ってきます。知るということが楽しみに繋がっている。
図鑑ならではの楽しみ方かもしれません。
高城:黄変品種が珍しいということを知っていても、基本種を知らなければ、その楽しみ方がわからない。図鑑はそれを一緒に提供することができますから。
図鑑に著者なりの意図があるのは大切ですよね。その方が読者も図鑑に愛着が持てると思うんです。
難しさを感じた部分
前書から本書のあいだに2年近くの時間がありました。改めて、本書の制作に取り組んで、難しさを感じた点はありますか。
高城:いくつかの種類で前書から通称名の手直しをしましたが、これは難しかった。やりすぎても、やらなくてもしっくりこない。
本書では通称名が一番大きく表記されますし、重要な部分です。
高城:通称名はいろいろな方法でつけられます。英名をそのままカタカナにしたり、日本独自の名前であったり。水草はわりと学名を基にした通称名が多いのですが。
ポピュラーなグロッソスティグマやリシアも学名を基にした通称名です。
高城:ええ。基本的に学名のラテン語はローマ字読みをすればよくて、その他にいくつか決まりごとがあるのですが、カタカナに落とし込まれていても日本人には発声のしにくいものもある。できないといってもいいのかな。
それでは通称名として機能しません。
高城:古くから使われている呼び名は、その点、発声しやすいものが多いのですが、ラテン語の読み方の決まりごとから外れているケースも少なくない。
思い当たる水草もあります。
高城:そうした呼び名が、長く広く使われ慣例となっていると、直しようもないんですが、まだ間に合いそうなものは手を付けました。
そこは著者のさじ加減になりそうです。
高城:是非はあると思うんです。自分でも改めて読めば違和感を感じるかもしれない。実際、私だっていまだにミクロソルムのことをミクロソリウムと呼ぶこともある。でも、やるなら早い方がいいし、どうせ誰かが異議を唱えなきゃならないわけですから。
ミクロソルムの件は面白いですよね。学名の表記ミスがそのまま日本での通称名として普及してしまった。月刊アクアライフでも少し前から、ミクロソルムを採用していますが、ショップさん他の流通ではまだミクロソリウムの表記の方が圧倒的に多い。
高城:一般化してしまったら直しにくいですからね。
皆がイメージを共有できるというのも大切です。
高城:一回、ガチガチにルールで縛って書いてみたのですが、読みづらくて仕方なくて、改めて直したりもしているんです。いろいろ悩みましたが、100%正しくはできないし、そんなものも存在しないと割り切りました。
押し通せばいいわけでもないと。
高城:なかには本書で新たに提示した通称名もあります。それらは時間がかかるかもしれないけど、いつか未来のアクアリストの役に立つ日が来るかもしれない。そんなことができるのも図鑑の面白さじゃないかと思っています。
より図鑑らしくなった!?
最後になりますが、できあがった本書の評判は届いていますか。
高城:形としては前書より本書のほうが評判がいいんです。「初めからこれで良かったんじゃないか」と何人からも言われました。
どんなところが良いと思われたのでしょうか。
高城:……なんなんですかね。サイズが変わりましたし、そのサイズ感ですかね。もちろん自分としては前書にも愛着はもっています。個人的には本書で学名索引が付けられたのが良かった。より図鑑としての完成度が増したと感じています。
学名索引はだわっていましたよね。
高城:また、本書では「まえがき」「あとがき」を書きおろして、コラムを一つ追加することができました。とくに「まえがき」では今年亡くなった母について書くこともできました。感謝です。
お母様については本だからこそ書けたのかもしれません。紙には特別な感覚もありますし。
高城:本の魅力、懐の深さ、紙の本にこうして私が携わっているのも、特別ななにかを感じているからなんでしょうね。
聞き手:編集部(山口正吾)
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